夢のおさとしを頂いて(中編)

 

 愛知県の三河の出であって、たいへんな資産家だったようですねえ。どういう事からか、ある日突然、財産をすっかりまとめて、家内や子どもを連れてじゃない、捨てて、江戸という東京に出てきたそうです。

そうして、東京に出てまいりましてのお商売は、高利貸し。お金持ちでお金がありますから、高利貸しをなさった。その高利貸しも、講談に出てくるような恐ろしいがめつい高利貸しで、貸してやった相手が病気になって、今か今かで、もう間もなく死ぬというような病人の布団まで剥いで持っていくというような、悪どい高利貸しであった。

それで、自分はというと、妾(めかけ)の5人も6人も持って、贅沢三昧をして通って、亡くなるときには両眼とも盲(めくら)になって亡くなったという、そういう道を通った方が先祖のなかにあったそうです。

してみると、生まれたときから今日をこうお考えになられて、「ああ僕はそういう道を通った魂の者に違いない。さすれば、このままいったら乞食もできない。乞食は地べたに座って、頭を下げてお金を投げてもらって暮らしている。因縁ならそこへ落ちる者であれば、お道を聞かせていただいたら、今度は反対に人さんに助かっていただくために、人さんに喜んでいただくために、地べたに茣蓙(ござ)を敷いて、今世一代通らせてもらおう」と。

「一代で神様がお許しくださらなかったら、二代。二代でもお許しをいただけなかったら、三代。まあ三代も道を通らせていただいたら、なんとか神様がお許しくださって、人間として、皆さんと肩を並べて通れるんじゃないかと思って、僕はこの道を始めた」とおっしゃいました。

私どものように、あそこの教会へ行ったら、会長様が偉い方でなんでも助かるから、あそこへ行って助けてもらおうといって、皆さん、愛町分教会の門をくぐる人がほとんどでございます。私も、その一人(いちにん)ですねえ。今よりもっとけっこうになりたいと思って。

けれども、会長様は、人さんに助かっていただくために、地べたに茣蓙を敷いて通らせてもらおうと思われた。

「今世一代で神様がお許しをくださらなかったら、来世。来世でもお許しがいただけなかったら、来々世。三代も地べたに茣蓙を敷いて通らせてもらったら、なんとか神様がお許しをくださって、人間として、人間らしくお連れ通りくださるんじゃないかと思って、僕は道を始めた」とおっしゃいました。

「その僕が、今日こうやって気がついたら、僕はとうとう日本で一人、世界で一人の人間になった。その僕が言うんだから、間違いないよ。お前さんも、今日から(入り込みをさせていただいて5年経った時でした)、自分が助かりたいとか、自分が良くなりたいとか、自分の家をけっこうにしたいとか、微塵も考えて信仰しちゃいけないよ。人さんが助かることを自分の助かりとして、人さんが喜んでくださることを自分の喜びとして、一代命のある限り、道を通らせてもらうんだよ。分かったかえ」

このお言葉が、そのとき、会長様から頂いたおさとしのお言葉でございます。

 

なぜ、社会の方が、天理教は良いお話をする、良いけっこうだと言っても聞かないのでしょうか。それは、ただ助かっていかない。お道は、因縁をおぼろげながらでも悟らせていただいて、因縁を消す道を通らせてもらわなきゃいけません。助けていただくんじゃない、お話を聞かせていただいて、会長様の万分の一の真似事をさせていただいて、助かっていく道を通らせてもらうんですね。

「僕の話は、聞いただけじゃあ助かっていかないよ。聞いたお話のなかの1つでも2つでも覚えて帰って、日常生活のなかに実行に移して通らせてもらって、はじめて助かる道が開けてくる」とおっしゃいました。

ですから、なかなか社会の方がお道を聞かれませんけれども、「今に世界が、ああ天理教はすばらしい、お道の人はけっこうやといって、お道のなかでなく、社会から、お道はすばらしいということを知ってくる日があるよ。そのときには、お道の者は、あっちでもこっちでもひっぱりだこになる日が来るよ」とおっしゃいましたね。

 

まあともあれ、そうして私は5年経ったときに、会長様からはじめて、道一筋を通らせていただくおさとしを頂戴いたしました。

だから、神様は、この大きなそうした前生の恐ろしい因縁を、少しでも消して助けてあげたいという親心ですね。私はこの度、この身上をいただきまして、教えていただきました。

けれども別段、いま特別に体の中に異常があって、苦しくて苦しくておられないということは全くございません。理だけはお見せいただいて、心臓に起こる身上というのは、薄情ということです。まあ薄情にもいろいろございます。

私の前生、薄情な道を通ったというのは、そういう道を通ったことを、夢のおさとしから初代の会長様に教えていただきました。改めて、自分の前生の因縁を、会長様に教えていただきました。

なるほどなあ。私は別にお道は嫌いではございませんが、好きで好きでたまらないということはございませんでしたが、気がついたら、道一筋に通らせていただくようになりました。

ですから、本来なら、社会を通っていたら、あるいはもう今ごろ弁膜症どころではない、命がなくなっていたかも分からないし、命があっても、家族もなく独りぼっちで、つまらん一代を通っていたに違いございません。

でも、お道を聞かせていただいて、曲がりなりにも会長様の仰せに添って、通れても通れなくっても、通る努力をさせていただいてまいりましたことは、今、今日63年という年を重ねて、ふっと立ち止まって通ってきた道を振り返りましたときに、本当に大きな助かりをさせていただいて。

けれども、分かりません。だから神様が、こうして心臓弁膜症という病名をお付けになって、改めて改めて因縁を自覚をさせていただいて、これから残る命を、因縁を消す道を通るように教えていただいたと、私はそのように悟らせていただきましたので、今日はこうして皆さんの前で、懴悔(さんげ)話をさせていただいた次第でございます。

 

因縁を消して助かっていくという道は、楽ではございません。ウハハ、ウハハと、面白おかしく通れるような道ではございません。

けれども、『病むよりつらいことはない』とお言葉にもございますように、病んで果たすことを思ったら、事情で通らせてもらい、またもうひとつ助かっていただくために、できてもできなくっても、「神様はね」というお話を、日々お取り次ぎをさせていただいて、聞かれた方がああそうかと、「ああ、じゃあ頑張らせていただこう。ああまだ遅くない、頑張らせていただこう!頑張りますよ!」と、こうやっていかれる方の姿を見たときに、私は、ああこれでいいんだ、これでいいんだと。

なお、今こうやって自分の周りを見せていただくときに、神様は、決して私に恥をかかせません。そういう因縁の者ではございますけれども、ちゃあんと家族をお与えくださって、一族郎党が道を通らせていただいて、神様おめどうに、教祖(おやさま)おめどうに、初代の会長様おめどうに通らせてもらっているということは、これほど大きな助かりはないと思わせていただくのでございます。

この心臓を患う病気というのは、そのときに会長様は、「薄情な道を通っている。前生、薄情な道を通っている」まあ薄情というてもいろいろございますが、私の薄情な道は、会長様がそのように教えてくださいました。ですから今世は、薄情にされて、助かっていかにゃあいけませんね。

けれど、なかなか、今日まではいろいろございました。ああこの人なら頼りになる、頼っていこうと思うと、ふっと相手が変わって薄情になる。確かに、そういうなかを何回もお連れ通りいただきました。

また、一生懸命この人に助かってもらおう、良くなってもらおう、けっこうになってもらおうと思って一生懸命おたすけをさせていただいて、助かるとプイッと向こうを向いて、言うなれば後足で砂をかけられるようなことも、数々味わってまいりました。

でも私はねえ、そのときに思えなかった。「ああなんという人だろう。後足で、恩人に対して後足で砂をかけるようなことを。ああ人間じゃないなあ。お道は人間の道を教えていただいているのに、いったいどこへ聞いていたんだろう」と相手を非難する心はございましても、「ああ神様ありがとうございます。これで一つ、前生の因縁を消させてもらいました。ありがとうございます」という心になれませんでした。

けれども、こうして心臓弁膜症という身上を教えていただきまして、ああなるほど、なるほどなるほど、神様は

 

 

(中編)以上

 

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