通りにくい道こそ助かる道(後編)
(youtube 26:05〜)
2〜3日いたしまして、私は母に連れられて、本家に伺いました。
天理教が、ということは言えません。「女ばかりでございますから、なにぶんにも物騒ですから、まあしばらくの間、私の里に身を寄せることにいたしました」と言って申しますと、そのときに本家の長男が、「おばさん、そんなことをしなくてもいいですよ。もうさっそく、僕のところと、おばさんのところと、市役所に簡易住宅を申し込みました。そのうちにできますから、しばらく不自由でしょうけど、そこに住んでいただいて、その後のことは、またその後のこととして、そういう段取りをしておるんですよ」とおっしゃいました。
「お心は誠にありがたいことですが、決めさせていただいたことですから、そうさせていただきます。ついては、この土地は、ご本家にもらっていただきます」
会長様は、無償でとおっしゃった。「1円のお金も頂いてはいけないよ。理のないものをもらったら、後で、その理のないもののために難儀がふいてくる。そこへいって“しまった!”と思っても、後の祭りだ」とおっしゃったのです。
こうして、その住んでいた土地は、ご本家に無償でもらっていただいたわけでございます。
そうして、私どもは、母の里に居候をさせていただく事になりましたけれども、またこの居候も大変でしたねえ。
母の里には、蔵が2つあった。おいていただいたところは、大きなほうの蔵でなく、文庫蔵といって、今のような時代でございませんから、重要なものをしまっておくところがない。そこは、そういうものをしまっておくところなの。重要なものをしまっておく蔵で、その隣が味噌部屋。味噌・醤油を作って、置いてある。
なんでそうかというと、もし火災が起きたときには、この扉にみんなペタンペタンと味噌を貼って、火の入らないようにするんだそうです。そのために、文庫蔵の隣は味噌部屋となっている。臭いんです。
文庫蔵といったって、たった6畳の部屋で、そこへお座敷の畳を剥がしてきて、おいてくれても、母屋に入れていただくことはできませんでした。
灯りも電気もない。電気を付けてもらおうと思って、おじさんが道具を持ってきたら、養子(おばの主人)が、「穴1つ開けたら承知せんぞ」っていうわけですねえ。天理教大っ嫌いなおじさんだった。だから、ランプで過ごした。
まあそういう事でございますけれども、そうして通るなかに、会長様が、「何か変わったことが起きたときは、いつでも飛んでおいで。お話を聞いてあげるよ」とおっしゃっていただいていた。
ある日のこと、その蔵の前に大きなキンモクセイの木があって、蛇がそのキンモクセイの上を、上ったり、また下りてきたり、また上ったり、また下りてきたりということをして、まあ恐ろしくて仕方がない。
私は、母が、「何か変わったことを教えていただいているんだ。お前、明日すぐ教会へ飛んで行って、おさとしを頂いてきなさい」と言う。
そうして、次の日にお教会へまいりまして、こうこうでございますがと言ってお伺いをしたら、「今に変わったことが起きるよ」とおっしゃった。
どういう変わったこととは、おっしゃらない。「変わったことが起きてくるよ。起きてきたら、またおいで」とおっしゃるの。
そうしているうちに、沼津にいる知人の方から、「だいぶ落ち着いてきましたから、沼津へ越していらっしゃい」こういうお誘いがあった。
ああこれも変わったことであろうなあと思って、お教会へまいりまして会長様にお尋ねをいたしましたら、「ああ居候していないで、沼津に出てきなさい。出てきたら、そこから、このお道が八方に広がっていくよ」こういうお言葉を頂戴いたしまして、私どもは、その文庫蔵からお別れをいたしまして、沼津に転居をすることになりましたのが、今日の始まりでございます。
でも今日、その60数年の間には、もう数えきれないくらいの節をたくさん頂きました。いろんな節を頂きましたけれども、初代の会長様に、一つ一つ、天理天則に添った人間の道を教えていただいたということは、誠に今日になって振り返りますときに、ありがたいことであったと思うのでございます。
初代の会長様の教えがなかったら、このお道の信仰をさせていただいていなかったら、自分たちは今どうなっていただろう。
それは、私がお道を聞かせていただいたときに、会長様が、「お前さんは」とおっしゃって、私を指差しておっしゃったことは、「お前さんは胸(肺病)になって、やがて一家は散り散りバラバラになって、みんな死に絶えてしまう因縁の家だよ」とおっしゃった。なぜそうなるかというと、「それは、先祖が、博打打ちの因縁だ」とおっしゃった。
それは、そういうことを聞かせていただいて、祖母に尋ねたときに、その先祖の通った道をいろいろと聞かせていただきました。
まあたいへん長い話ですから、これはまた後日の談といたしますけれども、散り散りバラバラになって、みんな死に絶えてしまう因縁の家だと仰せくださった。
「けれども、神様を信じて、そうして僕を信じて、僕の言うことをこれから聞いて通ったら、大難は小難、小難は無難として連れて通ってあげる。しかし、いくら僕が助けたいと思っても、そっちが、この話は聞けるけど、こっちのお話はとても聞かれないということであっては、いかな僕でも、お前さんたちを助けてあげることはできないよ」とおっしゃった。
「助かりたかったら、助かると教えていただいた道を、通れても通れなくっても、信じて、もうひとつ信じて、もうひとつ信じきって、通らせてもらいなさい。やがて、ああこんな夢のような日が、けっこうな日があるとは思わなかった、ありがたい。けっこうや、ありがたいと言って、喜ばせていただく日が、家族そろって、私1人じゃない、家族皆そろってありがたいという日が必ず、今ではないよ、年限が経って忘れた頃、遠い将来にある。それを楽しんで、今この節のなかを通らせてもらいなさい」と教えてくださる。
だから、その空襲に遭ったときに、私たちが道を迷って、いかに会長様がおっしゃることでもそんなことはできないと言って、言うことを聞かないで、信仰はしていても、自分の気に入った気随気ままな信仰をしていたら、今日はないのでございます。
ですから、この道は、信じるだけでは足りませんよ。信じて、もうひとつ信じて、もうひとつ信じきって通らせてもらうところに、不思議な神様のご守護があるということです。現在、この場所に座らせていただいて、それははっきり自分もそう思わせていただき、皆さんにも、胸を張ってお答えできることでございます。
今日は、67年前の今日は、けっこうになるか、ならないかの分かれ道。今日は、そういう日であった。でも、母が迷わなかった。会長様を信じて、信じきって、会長様のおっしゃることなら断じて間違いはないとして、いちばん都合の悪い道を取らせていただいた。
人間考えであれば、どっちを選びますかと言われたら、人間として都合の良い道を通りたいのが人間の世界でございます。
でも、お道の世界は違いますね。「分かったら、楽しみで、楽しみで、やめられないよ。僕は分かったから、通ってみた。通って確かに間違いのない道だから、皆さんに勧めているんだから、僕の話は聞いただけ、ああ良いお話だったなあといって、聞いただけでは助かっていかないよ。聞いたお話のなかから、1つでも2つでも、日常生活のなかに実行に移して通らせてもらったら、なるほどという理が必ず頂ける」とおっしゃった。分かったら、楽しみで、楽しみで、やめられないとおっしゃった。
まあお互い様に、そこへ行くまでは、飽きないように、腰をつかないように、ぼつぼつと、こつこつと、通らせていただいて、なるほど会長様のおっしゃったことは、千に一つの間違いがありません。自分もそう思わせていただき、人さんにも胸を張ってお伝えできるような信仰の年代になるまでは、油断をしてはいけません。ちょっとぐらいご守護を頂いたからといって、喜んでいちゃいけない。節を頂いたといって、こんないつまでやっていても助かりゃあしない、もうおいた。天理教なんておいた。道を切ったら大変でございます。この道切ったら命が切れると言うんですから。
まあね、天理教の天という字を聞かされたら、それからは、私たちは自分で生きているんじゃない、神様に生かされて今日まで来た。
何故に神様は、私たちを生かしてくださっているかというと、お道を通ってもらいたい、また、世界の人に、このすばらしい神様のお話を聞いてもらう役目をしてもらいたい。よふぼくになっていただいて、一人でも多くの方に、このお話を伝えさせていただく。そのお役目をしてもらいたいために、神様がお連れ通りくださっている。
金持ちになった。自分が金持ちになったんじゃない。なるほどお道を聞いていると、ああいうふうに金持ちになれるんだなあ。じゃあ私もあの人の真似をして、信仰をさせていただこう。こういうふうになってもらいたいために、金持ちにするの。
ところが、人間は金持ちになると、まあ千度(せんど)苦労したけど、まあぼつぼつ一服や。元の木阿弥(もくあみ)。信仰以前よりも落ちますよ。私は長数年の間に、そういう方をたくさんこの目で見てまいりましたから、嘘はございません。会長様のおっしゃることに嘘はない。
その代わり、学問のない者でも、学問のある者を越して高いところに上げてくださる。なんのために?お道のために上げてくださる。自分のために高いところ上げてもらっているんじゃないんですねえ。
ですから、けっこうになったら、なっただけ、ご恩返しの信仰をしていかにゃあいけません。会長様は、どなたよりもご恩返しの道がすばらしい方でいらした。すばらしい方でいらしたの。
そのお方が、すばらしい立場におなりになった。千人万人にこんなかわいそうな子どもがあるかと言われた会長様が、千人万人にないような立場に、神様がお据えくださったということは、断じて道を捨てなかった。そこにあるわけなの。
助けていただいたら、ご恩を七層倍にしてお返しした。一つ助けていただいたら、七層倍にしてお返し申し上げた。私たちは、一つ助けていただいたら、五分か三分。会長様は七層倍にして、神様ありがとうございましたってお返ししたの。そうして通ってきたら、こんなにいつの間にかけっこうになっちゃったとおっしゃる。
だから、人間のそろばんでは、とてもとても計算はできません。神様のそろばんはまた違うの。
まあそういうことで、皆さん方も、ご縁あってお道に寄せていただいたんですから、なんだか知らないけど信仰している、それじゃいけません。10年は10年、20年は20年、30年は30年の信仰をしていただいて、お道を聞かせていただいて本当に良かったというふうになっていただきたい。どなたもなっていただきたい。信仰して馬鹿見たなんてことになっちゃあいけませんね。
私は、そうして67年前の、本当に座るところもない、寝るところもない、覆いの屋根もないような防空壕の中に暮らしたの。そうして、その灼熱の焼け跡のなかで、天皇様の玉音放送を聞かせていただいた。日本の敗戦を教えられたのです。
60年経った今日、こうして皆さんに、助けていただいたお話ができるということ、これに勝る私の喜びはございません。
お道は、聞かせていただいたら、しっかりお通りになることが大切でございます。お道は1つ、心にもないお世辞を言うても埃やと言われます。誠心誠意、誠真実でお通りになることが、誠に大切でございます。
今日は、かいつまんでのお話でございますけれども、私たちは、人間として通る道、いちばん都合の悪い道を通ることを初代の会長様に教えていただいて、それを、お受けをさせていただいて、通らせていただいた今日のこの助かりを、皆さんに申し上げたのでございます。
お道は決して嘘はございません。良い種をまいたら、良い種が芽生えてまいります。悪い種をまいたら、悪い種が芽生えてまいります。これが天理天則でございます。としたら、お話を聞かせていただいて、良い種をまかせていただいて、良い実りを頂かにゃあつまらないじゃないですか。
そのへんのところに心を置かれまして、これからもしっかりお通りをいただきますようお願いをいたしまして、本日のお話とさせていただきます。ありがとうございました。
(後編)以上
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