天理教 愛町分教会

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桜の下で〜

たとえ殺されるといわれても間違ったことはしない、ゴザの上の信仰


今年は珍しいことに、四月一日の布教所の春季大祭は、満開の桜のもと晴れやかにつとめさせていただくことができまして、親神様、初代会長様の親心に御礼を申し上げさせていただいた次第でございます。
その桜の花も、今はもう、春の風に誘われて、一ひら、二ひらと散りはじめ、やがて池の水面をピンクのじゅうたんに織り上げてゆくことでしょう。
自然はそこに一時も止まることなく、次の営みに進んでまいりますことを、今改めて自然に教えられたように思われます。

桜の季節になりますと、私はいつも昔の出来事を思い出します。

それはある年のお花見の季節のこと、ある地区の信者さんで、その土地のお世話役をされていた方がお教会へまいりまして、初代会長様にお目にかかり、「会長様、ただいま桜が見頃でございます。是非当地へお花見にお越しいただきとうございます」とお願いをされました。
すると会長様は、「そうかい、咲いたかえ」とだけおっしゃり、その後、何のお言葉もございませんでした。

取り次ぐすべもない会長様のご様子に、傍らにおられた親奥様が、「会長様、そこには信者さんがおられます。その信者さんが、花見をするのなら会長様とご一緒に見たいということで、代表の方が今日こうしてお願いにこられたのでございます」とお口添えをしてくださいました。
すると初代会長様は、にわかにお顔をほころばせられて、「そうかい、信者がいるのかえ。それなら出掛けようかね」とおっしゃいましたので、その信者さんはホッと安堵し、「ありがとうございます。皆々で首を長くしてお待ち申し上げております」とご挨拶をされ、お帰りになりました。

いよいよ当日になり、会長様は親奥様をお連れになり、お花見にお出かけになりました。
そして、ご当地にお着きになりますと、すでに信者さん方が子供さんたちもお連れになって、今か今かと待っております。
こうして書いてまいりますと、皆さんは、「なんだ結局会長様は花見に行かれたのではないか」と思われましょう。ところが会長様は桜をご覧になられ、「きれいだね」とだけお言葉をかけられますと、「さあー、みんな僕の傍へ寄っておいで。そんな遠くにいてはいけないよ。もっともっと私の傍へ寄っておいで」とおっしゃいました。遠巻きにしておられた信者さん方は、「会長様、会長様」と口々に言われ、ワアッと会長様のお傍へ集まってまいります。すると会長様は、「神様はね」と神様のお話を始められました。
そしてお話が終わりますと、「さあー、子供はここへおいで。会長さんがこれから撫でてあげよう。ただ撫でるだけではないのだよ。会長さんの徳をあげるんだよ。これからお前さんたちが大きくなって社会に立つ頃は世の中は大変なことになっている。お前さんたちはどんな中でも因縁に負けないで因縁に勝ってゆかなければいけないよ。今から会長さんがその徳をあげましょう」とおっしゃり、一人一人子供さんを丁寧に撫でてくださいました。
さらに会長様は、「お父さん、お母さん、子供のために、神様を信じて僕のいうことをしっかり聞いてお道の信仰をしてください。私はね、今に人間は、このまま通ってゆくと、人間が人間の姿をして通れなくなるのではないかと思って心配しているのだよ。だから、皆さんの顔を見ると、食べることも眠ることも忘れて一生懸命神様のお話をお取り次ぎさせていただいているのだから、私の心が判ったら、しっかりお道の信仰をしておくれ」と、まさに頼むように拝むようにしてひたすらお話をくださいました。

初代会長様は常に、「子供は十五歳までは、日常なってくる事、良い事も悪い事もすべて親々の因縁でなってくるのであって、困った事が起きてくると、皆は子供が悪いとつい思いやすいが、元は親々にあるのだよ。十六歳から本人の前生が現れてくる。しかしながら、十五歳までに親が子供のためにしっかり徳を積んであげていると、子供は十六歳からぼつぼつ本人の前生が出てくるけれども、子供の魂が徳を積む事しか知らないから、この難しい社会を難儀しないで、苦しまないで通って行けるのだよ。申すまでもなく、本人にも信仰がなければいけないよ」と、教えてくださっております。

会長様は神様のお話をされにお出掛けになられたのでございますから、神様の御用が終わりますと、「さあー帰ろう」とおっしゃり、お花見をされることもなくお教会にお帰りになられました。

会長様とご一緒にお花見をしたいとして集まってこられた信者さん方にされましても、生涯決して忘れることのできない、人生の中で最高のお花見をされたとの思いで一杯であったと思います。
また、その日爛漫と咲き誇っていた桜も、今は年を重ね、大木となっていることでしょう。その桜は、あの日、その下で信者さん方が小腰をかがめて熱心に会長様のお話を聞いていたあの尊い不思議な光景をどのような心で眺めたことでしょうか。
きっと深い感銘を覚えたことでしょう。


会長様は、「今に人間が人間の姿をして通れなくなるのではないかと心配をしているのだよ。人間が天理天則に外れた道を通っているからというて、急に卑俗の姿に変わるのではないのだよ。世間でいうだろう。あんなひどいことは人間にはできない、あれは畜生やと。つまりそれだよ。(昔からある民話の中にも神様は片言を残してあると聞かせていただきます。つまり、卑俗の魂の者か、一時人間の姿を借りてこの世に生まれ変わってきているということです)神様がお作りくだされた人間なら、間違ったことは、たとえ殺すぞといわれても断じてやっちゃいけない。お道を聞かせていただいて殺されるような信仰なら、生きていたってしょうがない。いっそ殺されたほうがいい。ただしそこに神様がある。そういう人間を、神様は断じて殺さないよ」と教えてくださいました。

お話は変わりますが、初代会長様が道一方になられてからある日のこと、親神様のお話を聞いていると、一本のワラが飛んできて、会長様の前に落ちたそうです。
会長様はそれをご覧になり、「そうだ、私はこのワラのようにこれから通ればいいんだ。お道の信仰をさせていただいて、自分が良くなろうとかけっこうになろうなどとは微塵も心に思ってはいけない。人さんに助かっていただくことを自分の喜びとして、また助かりとして通らせていただきます」と、一代の定めをされたそうです。
会長様のお身の回りの御用をさせていただく頃は、信者さんから生き神様のようだといわれ、また他教会の先生方からは、「愛町の会長様は“御簾(みす)の中の暮らし”をしておられる」といわれるような高い立場にお座りになっておられました。
ですが、会長様は、「今の僕の現状は、何億あってもそれは誰にも真似ができないよ。それでも、結核になったからといわれて信仰の始まりに定めた心は今も変わっていないよ。なるほど形の上では、今私は地べたにゴザを敷いた信仰をしていないけれども、心は今も昔とまったく変わっていないよ。なぜ地べたに座ってのお助けをしていないか。この教会には今全国に数万の信者さんがいる。その信者さんが私が昔のように地べたにゴザを敷いたら、皆さんは私よりもっともっともっと低くならなければ助かってゆかない。それじゃあ皆さんに申し訳ないから、今私は形の上で地べたにゴザを敷いていないけれども、心は昔とまったく変わっていないよ。その変わらない心を誠真実として神様が受け取ってくださって、今日の理の栄えをこの教会にお見せいただいているのだよ。そのことはこれからも変わらないよ。それからもう一つ、皆さんは愛町分教会をご覧くださって、大教会を五つも六つも合わせた外観と内容を持っているとおっしゃってくださっている。私が言っているのではない。皆さんがそうおっしゃっていてくださるのだよ」
お話はすこし変わりますが、初代会長様が、「誠にこれだけの普請をすると、どこの教会でも借金が残るものですが、私は一銭の借金もありません。むしろお金は今余っております。会長様どうか安心してください」と、神殿ならびに附属屋の奉告祭のおりに、今は故人となられました当時の麹町大教会の久保正徳会長様にご報告申し上げられたことを、私はたまたまお傍で拝聴させていただき、なるほどなるほどと感服をさせていただいたことを覚えております。

お道の信仰は、天理教の“天”という字が耳に入ったら命のある限りという信仰であって、神様に定めた事はたとえ殺すぞといわれても、殺されてけっこうとして、命をかけて守り抜くことを私は教えていただきました。

会長様は、「因縁になるからといって、あえてきれいなもの、きたないものと思わなくてもいい。きれいなものはきれいだと思ってもいいが、それ以上の事を考えなければいいのだよ。人間はいらん事を考えるから、いらん事で苦労をすることになるのだよ」と教えてくださいました。
とかく私どもはいらん事を考えていらん事で苦労しております。やはり初代会長様は偉い方でいらっしゃいました。 「僕は、いつも『関根それでいいのか』と、朝目が覚めて夜休ませていただく中に心で神様とお話申し上げて、自分に都合の良い事でも、神様のお心に添わない事は断じてやらなかった」と仰せくださいました。
ここに書かせていただきましたお花見の件につきましても、そうしたお心の一つの顕れであったと思わせていただきます。

 

 

 

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