自分を変えれば相手が変わる

 

 初代会長様のおそばに置いていただいていた時代のことでございますけれども、親奥様が封筒を持ってみえました。

そして、「まあ、みんな見てちょうだい!」というわけですね。

そしてこう、封筒の中から一枚の便箋を出されて、その便箋には、(奥様にはお子さんが、幸江さん、清和さん、豊治さんと、三人のお子さんがみえまして、まだ当時、中学ぐらいのときでございました)その三人の連名で、‘三人で決めたこと’と、こう書いてありましてねえ。

 

一つ、これからは学校に行くときに神殿へ行って、神様にご挨拶をして行かせていただく。

帰ってきたらまた神殿にださせていただいて、ご挨拶をさせていただく。

遊びたいけど遊ばないで、まず学校で習ったことの復習をさせていただいてから遊ばせてもらう。

と、三人で決めたこと’と書いてございまして、当時のことですから、昭和何年の何月の何日と、こういうふうに書いてございました。

 

 

 この、お道の信仰は、‘合図立て合い’と教えていただいております。

 

‘向かう相手は、自分の鏡’とも教えていただいている。

 

相手の心を直すことは、人間では出来ません。

けれども、お道の信仰をさせていただいていると、‘自分を変えたら、相手が変わる’ということを、よく初代の会長様から教えていただいておりました。

 

親奥様はいつも、お子さんの小さいとき、東京の麹町大教会の春と秋のお大祭に、会長様がお出ましのときにはお伴をされました。

当時、会長様は鈍行列車で、ご家族を連れてお参拝になられました。

着く駅ごとで一人でも信者さんがいると、お出迎えをしてくださった。お見送りをしてくださった。

そんなおりに、「会長様どうぞ」と言って、信者さんが、汽車の窓から色々のものを差し入れてくださったんです。

すると会長様は、ふたを開けられて、こうやって数えられるわけなんです。私どもお伴の者に、「お伴は何人いるえ?」と。

子供は何人だい?じゃないのね。お伴は何人いるえ?と、こうおっしゃった。

「ああ、何人何人でございます」と言うと、こうやって数えられて、「じゃあ、お食べ」とおっしゃってね。その都度くださいました。

すると、奥様がそばにおられて、「子供にも」とこうおっしゃった。

「そうそう食べたら、腹も身の内、お腹をこわしちゃうよ」と、会長様がおっしゃってですね、子供さんに無いんです。

奥様は「そうですか…」と言って、なんにもおっしゃいませんけれども、子供さんにと言ってもくださらなかった。

そのうちに子供さん方ね、お腹は空いていてもね、もう疲れてしまって皆寝てしまわれた。

奥様は、子供さんがやはり可愛いですから、まあ、お腹を空かせて寝てしまってかわいそうにと思ってね、後からのお話ですけれども、子供の小さいうちは、しばらく会長様のお伴はすまい、ご遠慮させていただこうと思われたそうで。

お伴の者はみんな腹いっぱいなんですよ、会長様が差し入れのたびにくださるんですから。

奥様は、誰にも言わないけれども、心で思われて、帰られてから会長様にお願いをしたわけです。

 

そして、しばらく、ご一緒にお出かけになりませんでした。

 

そうしているうちに、今度は、子供さん方が、奥様の言うことをきかなくなってきたんですね。

会長様のお伴をされなくなったら、気がついたら、子供さん方が奥様の言うことをきかない。

 

奥様は、会長様の子供さんですから、「ああ、さすがは、やっぱり会長様の子供さんで偉いもんやなあ」と、信者さんに少しでも良くみてもらいたいという親心があるんです。

けれども子供さん、そんなこと頓着ないわけです。学校から帰ってきても神殿に行ったり行かなかったり。

出かけるときもそんなことで、もう遊びに夢中になっちゃってお勉強しないというふうで、成績がやっぱりお勉強をしなければ下がっていきます。

困ったもんだなあと思って、そして、しばらくぶりに会長様のお伴をさせていただいて、今度は大祭でご本部にお帰りになった。

 

ふっと心に思った事がね、おぢばに帰らせていただくという事は、よく初代の会長様から伺いましたけれども、

「‘ぢば定め’といって、なんぞかんぞ自分に定めなきゃならんことが出来てくると、神様がおぢばに帰らせてくださって、かんろだいで定めさせてくださる。この、かんろだいで定めたことは、守ることであり、命がけで守らにゃいかん。守るところに、守られる」という、お話をよくなさいました。

そのことを、ふっと思い出しまして、奥様、子供さんでたいへんご苦労なさっていた。言うと、反対に反発して、よけい言うことをきかない。まあ困り果てて、ご苦労なさっていたときでした。

ぢば定めといって、今日は、私は何を定めたらいいんだろう?と思ってですね、そしてふっと心に浮かんだことは、ああ、そうだ!子供が小さいうちは子供可愛いのうえから、会長様を軽く心でして、まあ誰かに代わりにお伴をしてもらえばいいと思って、しばらくお伴をお断りしてきたけれども、ああ、これが違っていたかもしれないなと思ってですね、さっそく会長様のところへまいりまして、「会長様、実は、こうこうでございましたが…これが違っていたように思いますが、いかがなものでしょうか?」とお尋ねをした。 

 

そしたら会長様が、「それだよ、お前さん。なんにも難しいことはない。僕が、こっちおいでと言ったら『はい』、向こうへ行きなさいといったら『はい』。こっちこいと言うのはなんぞ意味があるのかしら?あっちいけと言うのは、会長さん私を嫌ってあっちいけと言うのかしら?そういういらんことを考えるから、いらんことで苦労しなきゃならなくなるんだよ。お道は素直が第一や。なんにも、いらんこと思うことないんだよ、それだよ」と、おっしゃってくださった。

 

奥様は、「ありがとうございました」と言ってお礼を申し上げて、「本部へ行ってくるからね、会長様のことをちょっと頼むね」と私におっしゃって、走って行かれた。

そして、かんろだいの前で、「なにがあっても、これからは会長様のお伴をさせていただきます。そればかりでなく、本当に言われたことは、なんにも考えないで『はい』とお受けして、どんななかも通らせてもらいます」こう言うてね、お詫びとお定めをして帰られたんですね。

 

そして、奥様は、日記をつけることがお上手でしたね。日記を、昭和何年の何月の何日の何時何分まで書かれたんですね、そのとき。

そして帰ってみまして、お留守のあいだに、私どももご用を一緒にさせていただいたときのお話です。

不思議ですけど、本当に私達も驚きました。その手紙と、親奥様の書かれた日記帳と、こうやって合わせると、一分も違わないの!ピタッと合ってる。三人で決めたこととして、賽銭箱の中に入れてあった。

 

みなさん方が、子育てのなかに、とても大事なことだと思う。

 

‘夫婦は台’と聞かせていただきます。

四分六の理で、やはり主人に添って、いかんことなら神さんが止めてくれると会長様はおっしゃった。

そしたら、その教えていただいた通り、出来ても出来なくっても、守って通っていったら、ちゃんと順序がいただけるということなんです。

‘合図立て合い’というてね、‘こちらが変われば、向こうが変わる’

こちらが変わらないで向こうだけ変えようったって、絶対にこれは変わっていかない。

 

以上