糸一本がほこりになる(第2章中編)
「(あのおばさんの)気が狂ったのも治らない。お姉さんも助かっていかない。後はなんとかするから、お母さん教会へ行って―!教会の祭典に行ってえ――!」
もう行きたくて行きたくて仕方がないけど、家の状態を見て言えなかったの。
「そうかあ、行っていいのか?」「ああ行って!後はなんとかする」妹に、背中を押されまして、教会にまいりました。
教会の先生方は事情をよくご存じですから、「ああ遠藤さん、それでも、ようこのなかを来ましたねえ」って言ってくださる方もある。
そうしたなかに、母は、いろいろの先生方からもお話を聞かせてもらい、初代の会長様のこのお手紙と照らし合わせて、妹の代わりに、そうだ、お教会はご普請が始まっておりました。ただ今の神殿のご普請が始まっておりました。1か月間、ひのきしんをさせていただこう。定めたの。
もうこんな無鉄砲な定めはございません。誰がなんと言おうとそんなことは頓着ない。自分が定めればいいって定めた。定めさせていただいたの。
そうして、定めさせていただいて1週間ほどいたしましたら、私が、会長様に「ちょっとおいで」と言って呼ばれたのです。
まあまた何のお仕込みだろう、何かお小言を頂くことを私はしたんだろうかと思って、もう恐る恐る会長様の前へ出たら、会長様がこうやって私にハガキを見せて、「読んでごらん」とおっしゃいました。
もう読まなくっても、会長様のお顔を見れば、決してこのハガキは良い便りでないということは分かりました。でも、読ませていただくと、おじから私の母に来たハガキなんです。
『お姉さん、貴女それでも、人間の親ですか。このハガキが着き次第、即刻帰ってきてもらいたい。貴女が帰ってこないので、もう自宅療養は無理』そういう手紙なの。
病院で、後で聞いた話ですが、母が祭典をすませて帰ってきたら、病院に入院をさせて、ベッドも決めてあった、日も決まっていたの。それを母が勝手に自分でこう定めて、神様にお願い込みをして1週間経ったときに、おじからハガキが来て、『貴女が帰ってこないから、入院させることもできない。すぐ帰ってくるように』という、たってのハガキでございました。
最後に、『これだけの重病人を助けることは難しかろう』こう書いてある。
「会長様、申し訳ございません…」私は申し訳なくって、頭を下げるばかりでございました。
すると、会長様は、そのときにおっしゃってくださいました。
「お前さんは、いま断崖絶壁の上に立っている。ふらふらーっと足をふらつかせたら、千尋(せんじん)の奈落の底に落ちていって、大怪我をするか、打ちどころが悪かったら死んでしまう。ああここで、なーにくそ!と思って、グーンと足を踏(ふん)まえたら、なんとか立ち止まることができるだろう」と。
そりゃあもう前にも進むことができない。よく八方塞がりという言葉を聞きますけれど、後ろにも下がることができない、右にも左にも行けない。じゃあどこへ行けるかというと、開いているところは、天に向かう道しか開いていない。
「社会にもこう言う言葉があるだろう、七転び八起き。七転び八起きという言葉がある。人の上に立って、さあ皆さん、お道を聞いてください、お道はすばらしいですよ。私を見てください、こんな因縁の深い者でも、このように助かりました。大丈夫、助かりますよと言って、おたすけをさせていただけるようになるのには、前にも進むことができない、後ろにも下がることができない、右にも左にも行けない八方塞がりのなかを、神様を信じて、この僕を信じきって、通らせていただく道しか開いていない。これからは、神様の言うことと、僕の言うことを聞いて通るんだよ。誰の言うことを聞かなくてもいい。親戚がと言ったって、じゃあ親戚が助けてくれるかい?助けてあげられるのは、神様と僕だけだよ。常日頃、助けていただく者の言うことを聞かんといて、さあ困ったから助けてくれ、なんとかしてくださいと言っても、僕は、助けられないよ。あるいは僕は助けてあげたいと思うけれども、神様が通せんぼしたら、騙されちゃいけませんよ、この人間はこんな信仰をしているんですから、騙されちゃいけませんよって両手を踏ん張られたら、いかな僕でも、助けてあげることができない。僕も、何度(なんたび)も、ああ今度は、関根先生はよう通れないだろうという、皆さんがじーっと眺めているなかを、なーにくそ!と、こんな因縁に負けてなるもんかとして、何度(なんたび)も因縁のなかを抜けさせてもらった。その僕が、今お前さんにする話だから、本当に聞いて、聞いたら本当に通らせてもらいなさい。定めたことは、命に替えて守るんだよ。いやあ、こういうことを言われました、こういうことになりましたから、定めたけどちょっと取り替えて、それは社会の言うこと。お道は、定めさせてもらったら、どんな小さいことでも、定めたことは、命に替えて守りなさい」と会長様はおっしゃった。
「お母さんがひのきしんしているから呼んできて、神殿でもう一度しっかり定め直しなさい」とおっしゃってくださった。
こうして、母を呼びまして、「私は、命のある限り、道一方を通らせていただきます」
母は、1か月定めさせていただくなかに、こうやって、帰ってこい、帰ってこないから入院させられないで困っている。もう病人は、今日明日を知れない。
もう隣組は、もう右往左往、喧々囂々(けんけんごうごう)です。「あんな親はない。天理教にのぼせ上ってなんちゅうこっちゃ――!今度帰ってきたら八分にしてやろう!」と言う。皆言っている。親戚も、「もう気違いじみている」と。でもそういうなかで、おじが、こういう手紙をよこしたわけなの。
母は、改めて、「私が定めさせていただいたため、誠真実が足りなくって、我が子を殺すようなことがあっても、私は、定めた日数は断じて家に帰りません。亡くなった亡骸は、押入に入れといてもらって、帰ってから、弔いをさせていただきます」
こうして、親子で改めて、神様にお詫びとお願いをさせていただきました。
そういたしましたら、10日ほど経ちまして、今度は分厚い手紙が届きました。
隣組の、ある方からの手紙なんです。もう私は、ああ、いよいよもう武子は駄目かなあ、もういかんのかいなあ…と思いました。
でも、開けてみたときに、まずはじめに私の目に飛び込んできたのは、『武子さんは、助かりましたよ』この文字でございました。
『武子さんは、助かりましたよ。貴女が帰ってこないので、もうねえ喧々諤々(けんけんごうごう)、罵詈讒謗(ばりざんぼう)のなかだ。貴女はどうやって、帰ってきて隣組の人たちと立ち向かうのかしらんと思っていたら、武子さんが入院する手筈になっていた病院が、粗相火から昼間火事を出しまして、全焼をしました。そこに、(武子と)同い年の、同じ身上の方が入院しておりましたけれども、煙に巻かれて、逃げ遅れて焼け死にました』と書いてあった。
『おそらく、武子さんが入院していたら、あるいはそんな事になったかも分かりません。助かりましたよ。私は、天理教は分からないけれども、留守はなんとか面倒見させていただきますから、安心してお勤めください』という激励の手紙に変わっていた。
その方も一緒に、「なんちゅうこっちゃあ――!」といって言っていた方が、今度は激励の手紙を書いて送ってくださった。勇気づけられましたねえ。ああ、神様は受け取ってくださった。今日ない命であっても、こうして受け取ってくださった。
だから、会長様が後におっしゃいました。「お前の妹が助かったのは、なんにも難しいことはないよ。お前のお母さんが、遠く離れた沼津の土地で、一生懸命、神様を信じて、僕を信じきって、おたすけをして通ってくれた、徳の効能だよ。他になんにもないよ」と。
ですから皆さん、ひとこと話はひのきしん、にをいばかりをかけておく。この、にをいがけをさせてもらう、「神様はねえ」というひと言を、どなたにでもお話をさせてもらうということは、すばらしいことなの。ない命の者でもつないでくださる。それくらい、親神様は、お喜びいただいてくださっているということなのです。
こうして、母は、ひと月間無事においていただきまして、帰らせていただくことになりました。
ちょうど、お亡くなりになられた尾崎先生が、神殿当番をしておられました。そしたら、母が通りかかって「ありがとうございました」と言ったら、「ちょっとちょっと遠藤さん、ちょっとここへいらっしゃい」と言って呼び止められた。
「遠藤さん、今度帰ったらねえ、つるりーっときれいになさいよ」とおっしゃった。
「つるりーっときれいって、具体的に言ってどういうことです?」
「裸(裸一貫)になることです。裸になって、このご普請に、釘1本なりと、畳の縁(へり)1本なりと、徳を積ませていただくことです」「ああ、そうですかあ」
「私も、そうして裸になって、主人が亡くなったあと、胸の悪い者でしたけれども教会に入り込みをさせていただいて、この歳までこうやって丈夫においていただいています。しっかりおやんなさいよ」と言って、母を勇ませてくださったそうです。
「ありがとうございます。良いことを教えていただきました。おっしゃるとこにきっと努力させていただきます」と言って、お別れをして、まだ母は丁寧なんですねえ。ちょっと路地へ入っていくと、そこに会長室の裏門がある。裏木戸があった。誰にも見られないところ、誰も通らないのですから。
そこへ母は、荷物を置いて地べたに座って、「会長様、ありがとうございました。遠藤はこれで帰らせていただきます」ってお願いをしておりましたら、何か人の気配を感じて、ふっと座ったまま頭(こうべ)を上げたら、そこに初代の会長様がお立ちになっておられた。
母はもうびっくりして、「ああ!会長様」「ああいいんだよ、いいんだよ。そこは人が見咎めるから、中へ入っておいで」とおっしゃって、お庭の中に入れてくださったそうです。
「これから、私が話すことをしっかり聞くんだよ。お前さんはこれからしばらくの間、教会に運ばなくてもいいよ」
「会長様、そんなことをして因縁にならないでしょうか?」とお尋ねしたら、「僕が許すんだから、因縁にはならないよ。この道は、一人(いちにん)助けて、万人(まんにん)助かりの道や。これからはしばらくの間、子どものそばにいて、しっかり看病をしてあげなさい」と仰せいただきました。
母は頭を下げているときに、ふっと心の中を過った(よぎった)ことがあった。それは何かというと、尾崎先生がおっしゃっていただいたように、裸になることは私はなんにも怖くないけれども、さて裸になってしまったら、今まで主人が遺してくれた古美術とか、いろんなものをお金に換えては教会へ運ばせてもらっていた。そういうものが無くなったら、一体どうやって教会へ運んだらいいだろうと、ふっと心に思ったの。どうやって、運ばせていただいたらいいだろうか。
そうしたら、そこに初代の会長様がお立ちくださって、「これから僕の言うことをしっかり聞きなさい。ああ、来なくてもお前さんは因縁にならないよ。僕が許すんだから因縁にならないよ。一人(いちにん)助けて、万人(まんにん)助かりの道や。しっかりおやりなさい」とこうおっしゃってくださったの。
普通なら、ちょっと会長様に、先生を通してお尋ねしてください、こうこうですが、これはどうしたらいいでしょうと。
何にもお尋ねなんかしない、心でふっと思ったこと。それが、会長様のお口から聞かせていただいたということ。皆さん、お道は不思議じゃないですか。
口先のついしょばかりは、いらんもの、真の心に、誠あるならというお言葉がございます。お世辞はいらん。心に誠真実あったら、神様が受け取ってくださるという。
後で私は、「会長様、ありがとうございました」と会長様に御礼を申し上げたら、「なんだか知らないけどね、僕は、奥にいたんだけれど急に表に出たくなって、裏木戸から外に出ようと思ったら、そこにお前のお母さんがいたんだよ」とおっしゃってくださった。
いかがですか、皆さん。これが信仰なんですね。助かっていく道は、誰じゃない、かれじゃない。どうやったら助かるという道は、初代の会長様が教えてくださいます。けれども、助かる道を通らせてもらうのは、助けてもらう人が通らなければ、助かっていかないということを、ようく皆さん、お心に置いていただきたいと思います。
拝み頼みの信仰でない。天理教は拝み頼みの信仰ではないということを、よく聞かせていただきますけれども、ここにあるわけでございます。
こうして、母は帰らせていただきました。といって会長様からお許しが頂けたから、じゃあ子どものそばに朝から晩まで看病していたわけではございません。
また妹も、苦しくなってくると、「お母さん、早うおたすけに行ってえ」もう、ものも言えないぐらい重体になっておりましたけど、やっと、途切れ途切れに、「お母さあん、早くおたすけに行ってえー(か細い声で)」「そうかあ、いいかい?」身動きできない。枕元にオマルを置いていました。(後編へ続く)
(中編)以上
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