糸一本がほこりになる(第1章前編)
皆様こんにちは。ただ今から、神様のお話を、お取り次ぎをさせていただきます。しばらくの間、お付き合いをいただきたいと思います。
今日のお話は長くなりますので、第1章と第2章に分けて、同じ理につながるお話をさせていただきたいと思います。
本日は、第1章で終わらせていただきます。
初代の会長様が、あるとき教えてくださいました。
お互いに、このお道を聞かせていただきますと、因縁ということをよく耳にいたします。
人によっては、天理教は因縁因縁という言葉を使って、誠に鬱陶しい(うっとうしい)と。そういう言葉は聞きたくないという。まあ言う方もございますけれども、因縁には、『善因縁』と、『悪因縁』とあるのでございます。
ああ、あの方は、けっこうに通っておられるなあという方は、善因縁に恵まれている方ですね。ああ、あの方は、良い方だけれど、どうしてあんなに次から次と難儀をするんだろう、神様はあるのかいなあ…というような、人にみられるようなお方は、悪因縁に誘われているわけですね。
このお道の信仰は、その悪因縁を、お道を聞かせていただいて、善因縁に切り替えていくことを教えていただくのだそうでございます。
そうして初代の会長様がおっしゃるのには、「きれいにした、きれいにしたというても、糸一本が残っていたために、その因縁に先へ行って難儀をすることがある」ということを教えていただいたことがございます。
私は、すでにお教会に入り込みをさせていただいておりましたある日のこと、初代会長様のほうからお声がかかりまして、初代会長様のところへまいりましたときに、会長様が、一通の手紙を私にお見せくださいまして、「お前のお母さんが、殺されるところだったんだよ。それでもなあ、よう助かったなあ。よう命があったなあ」こうおっしゃって、「読んでごらん」とおっしゃって、私に、その一通の手紙をお渡しくださいました。
まあ突然のことで、もう私は、びっくり致しましたが、おっしゃるとおりその手紙を読ませていただくと、事件はすでに終わっておりましたけれども、その事件のあとの処理について、会長様にお伺いのお手紙でございました。
それは、今のように夏の暑い日のことであったそうでございますけれども、常には親しくお付き合いをしていたご近所のご主人が、どういうことか、その意味合いは分かりませんけれども、大きなスイカを片手に持って、片方には薪割りといって、ちょうど金時さん(金太郎)のね、あの人形を見るといつもこう持っておりますね。あのくらいの大きな薪割り(斧)を持って、突然私の家に飛び込んできたそうです。
ちょうど家では、母と妹の武子が、食事をすんだところだったそうです。
妹は、玄関のほうを見て座っていたそうでございますが、そのご主人が家に入るなり、あっという間もなく、母の脳天めがけて、その薪割り(斧)を打ち下ろしたそうです。
もちろん母は倒れまして、もう畳に血が飛び散って真っ赤になった。そのなかに倒れた。
その姿を見たときに、もう妹は恐ろしくって、あまりの恐ろしさに、「誰か来てえ――!」と言って助けを求めなきゃいけないと思っても、声も出ない、腰も立たない。
けれども、神様はありますねえ。そこで母を脳天めがけて打ち下ろしたそのご主人は、そのまんまボーっと立っていたそうです。
そのうちに、夏のことですから、みんな戸なんか開いている。「なんか遠藤さんのところ、おかしな物音がしたねえ」っていうんで、ご近所の方が駆けつけてくれて、この有様をご覧になってくださってビックリして、皆さんが、そのご主人を取り押さえてくださった。そのために、妹は、被害を受けずにすみました。
後に、母が申しますのに、それはもう恐ろしいもので、細い菜切り包丁のような細い包丁であれば、歯が細いんですから、傷口も細い。ところが、厚いナタ割りですから、この頭がザクロのように弾けてた。
母は、割れた頭を手でぎゅうっとつかんで、「神様、会長様…」と三度お呼び申し上げて、そのまま気を失ってしまったということです。
まあ気がついたときには、もう処置が終わったあとで、さて皆さん、どんな処置をしたと思いますか。私は、そういう刑事問題ですから、さっそく警察病院でも連れて行っていただいて手術をしたのかと思ったら、そうじゃないんです。
隣組に、たまたま戦地から帰ってこられた、社会で外科医をしておった元軍医さんがおられて、その方を呼んできてですね。
もう、針もない。手術の道具なんてないんですから、家にあった木綿針と木綿糸を消毒もしないで、8針縫ったということなんです。病院へは行っていない。
もちろんその加害者の方は、警察に連行をされまして、裁判となり、8年の刑罰となった。
親戚の者が、その軍医さんに聞いてみると、人間の頭には脳膜という膜があるそうですねえ。8枚の薄い皮が1枚になって脳膜という。そのなかの7枚までが切れていたそうです。
薄い薄い、紙のような、その最後の8番目の膜が切れていなかったということで、即死を免れたということなんです。「ああ、運の良い方ですねえ」と。
ですから、そういうところで、不思議な神様のおはたらきがあったわけですねえ。
親戚の者は、「8年なんかじゃ罪が浅すぎる」というわけです。
「上告して、再審によって、もっと罪を重くしてもらわなきゃいけない」というわけですが、「まあちょっと待ってください」というわけです。「お伺いする方がありますから、しばらくちょっと待ってください」と。
それで会長様に、「いかがなものでしょう。こういう時にどうして通ったら良いでしょうか。教えて下さい。おっしゃるところに、添わせていただきます」というお手紙なんです。
会長様は、「よう助かったなあ。それでも命があったなあ」とおっしゃってくださったんですから、本来なら、当然命のない母であったと思います。
しかし、会長様はそのときに、「刑にしてはいけない」とおっしゃいました。
「向こうにも五分の因縁あり、こちらにも五分の因縁あり、五分五分の理だから、おさめた者が勝利だよ」とおっしゃってくださった。
「遠藤家には、人に殺されなければならない因縁がある。その因縁を見せてくださったんだから、むしろ礼を言わなければいけない。だから、罪にしてはいけないよ。却下をして、無罪にさせてもらいなさい。そうして、相手から、賠償金として1円のお金ももらってはいけないよ。1円のお金でも頂いたら、先へ行って、家の中に、親子・夫婦・兄弟が、血で血を洗う刑事問題を起こすよ」とおっしゃってくださった。
恐ろしい因縁ですねえ。「1円でも因縁のお金を頂いたら、先へ行って忘れた頃に、親子・夫婦・兄弟のなかで、血で血を洗う刑事問題を起こす」とおっしゃいました。
この会長様の「無罪にしなさい。相手から、1円のお金ももらってはいけない」という御返事によって、私の母は、おっしゃるとおりにさせていただいたのでございます。1円のお金も頂かなかった。
なぜ病院へ入らなかったと思います?お金がない。働き手の私は教会へ入っちゃっているし、入りたくても入れない。それでご近所の方が見るに見かねて、木綿針と木綿糸で、消毒もしないで、その手当をしていただいた。
晩年になりましてね、精密検査をさせていただいたことがございましたけれども、「先生、ようく調べてくださいよ。私は昔こういう事があったんですよ」と母は申しました。
検査の結果は、なんにも出てこない。「そんな事があったんですか?嘘でしょう」って先生がおっしゃったの。
痕跡が残っていないということも不思議ですね。
母は、この身上のことから、苦しむことはただの一度もございませんでした。
そのご主人を使っている社長さんが、申し訳ない、申し訳ないといって、毎日お見舞いに来てくださる。果物を持ってきたり、ケーキを持ってきたり、はじめは頂いて、お金に換算して、神様にお供えをしておりましたが、続かない。
「誠に申し訳ないんですけれど、お道で教えられておりますので、今まではお金に換えてお供えいたしましたが、もう私はそれはできません。気の毒だと思ったら、もうそういうことを断じてなさらんようにしてください」と言ってお願いしたという。
後になって、私は、沼津の巡教にまいりましたときに、知らない方がおみえになっている。「あなた、遠藤さんの娘さんですか?」「はい。そうです」
不思議なことに、その方は、その加害者になったご主人を使っていた会社の社長さんだった。
母はすでに、お見舞いに来てくださるたびに、「こういうふうに、袖すり合うも他生の縁と申しますけれども、こういう事であなたとお会いするということは、今は社長さんでけっこうでいらっしゃいますけれども、いずれお道を聞かなきゃならんときがくると思います。ですから、どうかひとつ聞いていただきたい」と、自分がやられて苦しんでいるのに、そうやって私の母は、お見舞いに来てくださったその社長さんにも、にをいがけをさせて頂きましたけれど、その当時は、けっこうだから聞けなかった。
年限が経ってから、たまたま私が沼津の巡教にまいりましたときに、その方がお祭り先におみえになった。
「遠藤さんの娘さんですか。そうですか。私は、あなたのお母さんにお目にかかって、まあこんな欲のない人が世の中にいるんだろうかと思って、不思議に思いましたよ」とおっしゃる。
聞いたときはその社長さん、お商売がうまくいかなくなって倒産して、ある方からにをいがけされて信仰するようになって、たまたま私と出会ったときに、その方がおっしゃってくださった。
「こんな世の中に、罪にした者を無罪にしてやる、お詫びの印は1円ももらわない。いやあ相手さんじゃないんです、私のほうに、殺されなければならない因縁があるんだそうです。私のほうが悪いんですと言ってね、世の中には、こんな欲のない人もいるもんかなあと思いましたよ」と、その方から、私は年限が経ってから聞かせていただきました。
さてこうして、私の母はご守護を頂きました。
それから10年経ちましたときに、何が起きたというと、会長様は、「助かっていくということは、見る因縁、聞く因縁で通るのが、上手な助かり方だよ」とよく教えてくださいました。
「人さんに見せられる理、聞かせてもらう理が、全部が全部自分の因縁としたら、これ大変じゃないか。だから、おたすけをさせていただくことは大切なことなんだよ。人さんを助けさせていただいて、そうして、見る因縁、聞く因縁で、自分がなるところを、自分の家がなるところを助かっていくんだよ。だから、おたすけじゃない、言うなれば、お助かりだよ」と教えてくださったことがございました。
10年経ったときに、沼津に大嶋みきさんという信者さんがおられて、たいへん熱心な方でいらっしゃいました。その甥御さんが、刑事問題を起こしました。
どういうことかというと、おじさんと2人でお酒を飲みながら、「おじさん、僕もなんとか一旗揚げたいと思うから、それについてはお金が欲しいんだ。良くなったら返すから、貸してくれないか」と頼んだら、「お前なんかに貸す金はない!」と言った。お酒が入っておりますから、「なにお―!!」というようなことで、拳固(げんこ)を固めて、おじさんの鼻のここをポーンっと殴った。
私たちが殴るのと違う、力が入っているわけですから、それがひとつの致命傷となって、そのおじさんは、それから7時間後に命を落とした。まあこういう問題は、たいへん刑も厳しいんだそうです。
その息子さんは、親御さんの反対の中を、好きな人ができまして、その方と勝手に縁を結んで、男の子が生まれて、普通ならばお祝いをせんならんところをお祝いどころじゃない、その子のお父さんが人を殺したっていうんですから、お祝いどころじゃございません。警察へ連れて行かれる。
まあこういう事で、「初犯だから、遠藤さん、会長様にお願いしてもらって、なんとか助けてもらいたいよ、頼むよー!」といって、それこそもう駆け込んで来たそうです。
母は、「そりゃあ、えらいこっちゃ。さあ、これから行こう!」教会へ飛んで行った。
会長様にお目にかかりましたら、会長様は、「親にも信仰がない、本人にも信仰がない、本来なら助けられないところではあるけれども、中に入った遠藤ハルさんの誠真実で、この場は助けてあげよう。大丈夫だよ。誰がなんと言おうと、かれがなんと言おうと、僕が無罪にしてあげるよ」と、かようなお言葉を頂戴したのでございます。
そのお言葉を頂いて、2人が帰ってまいりました。
さて、弁護士を頼まなきゃならんというときに、またこの頼んだ弁護士さんが、たいへん力になる弁護士さんだった。
そうして、沼津の裁判所始まって以来ないという判決がそこに下された。
どういう判決が下されたかというと、保釈金を積んで、保釈をされた。3年の執行猶予で、一時家に帰らせていただくという順序を頂いたのでございます。
(後編へ続く)
(前編)以上
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