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64回目の終戦記念日をむかえて

 

 

今年も、去る8月15日に、64回目の終戦記念日を迎え、東京の日本武道館において、政府主催の「全国戦没者追悼式」が、天皇・皇后両陛下をお迎えし、執り行われました。

 

そのおり、天皇陛下が、

「かけがえのない命を失った数多くの方々とそのご遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。終戦以来、すでに64年が経ち、国民のたゆみない努力により、今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが、苦難に満ちた往時をしのぶ時、感慨は今なおつきることがありません」と述べられたことを、私は、新聞で読ませていただきましたが、常には胸の奥深く秘められている、どうしようもないつらい悲しい出来事が思い出されまして、あれから64年、ない命をおいていただき、お連れ通りいただきました、親神様・教祖(おやさま)・初代会長様の、海よりも深く山よりも高い御恩に改めてお礼申し上げるとともに、空襲であたり一面焼け野原となり、家を焼き出され、夜空を仰ぎ防空壕の中で、初代会長様からのお言葉を持っておたすけに来てくださいました大野先生の言葉を、神様・教祖・初代会長様のお言葉として一切の人間思案を捨ててお受けをさせていただき、今日まで通らせていただいた日々を思い起こしました。

初代会長様が教えてくださいました通り方は、難儀に処した時の道の者の通り方であり、人間としての正しい確かな道であったということを、年限が経つほどに明らかに承知をさせていただきます。

初代会長様は、

「今は、何とかかんとか通れるが、先の通るに通れない日を何とか通してあげようとして、神様が御苦労くださっているのだよ。だから、通れても、通れなくとも、教えていただいた道を、正しく誠真実で通らせていただいたなら、今は大変であろうが、先へいって忘れた頃に、こんなに結構になるとは思わなかった、夢ではないかと喜べる日が必ず来るのだよ。」と仰せくださいましたが、それは私が想像もしなかった悲しく過酷な道でございました。

しかし、その中を、神様を信じきって、初代会長様を尊敬して、燃え盛る炎のような信仰をしてゆく母の姿を見て、この母を泣かせてはいけない、苦しませてはいけないとして、懸命に通らせていただいてまいりました。
今、通ってまいりました過去を振り返ってみますと、通らせていただいて本当に良かったと、心から思うのでございます。

 

さて、初代会長様は、常日頃から、

「これからは、お金があっても通れないよ。学問があっても駄目だよ。どんな高い立場にあってもいけないよ。魂に徳がないと通れないよ。つまり、お金は入り用な時に入り用なだけあればいい。いらん時にあっても邪魔だろう。また、入り用な時に一円足りなくても、恥をかくだろう。」とお聞かせくださっておりましたが、現在の世相を眺めた時、なるほどと承知をさせていただきます。
「どんなに高い立場にあっても、また学問があっても、道の心がなければ通れないよ。これからは、魂に徳がないと通れないよ。では、その徳は、どうやったら積むことができるのか。それは、神様の御用をさせていただくのだよ。魂に徳がそなわってくると、魂が徳を積むことしか知らない。そうして通っていると、人を助けても、困らせることができなくなってしまうのだよ。では、助かりたいから、初代会長様のように通らせてもらおうと思うだろうが、僕のようには通れないということは、誰よりも一番私がよく知っている。では、どうしたらよいか。何もむずかしいことはないよ。私の万分の一のまね事の信仰をしたらいいのだよ。私の万分の一のまね事の信仰とは、余った時間、余った体、余った事情(お金)を、人間のことは後回しにして、まずもって神様の御用をさせてもらうのだよ。そうして通っていったなら、年限が経って忘れた頃に、私の万分の一の徳が貰えるはずだよ。しかしながら、万分の一の徳というても、僕の万分の一はすごいんだよ。お道を聞かせていただく時に、困って困ってどうにもならなかったものが、気がついたら助かって助かって困るようになったという姿が、私の万分の一の徳を貰った姿だよ。」と仰せくださいました。

 

また、初代会長様は、

「徳ができてくるとね、お金の入り用な時に入り用だけの事情を、またこういう人物が来てくれるといいなと思っていると、その人が現在立派な会社に勤めていてもそこを辞めてでも『会長さん働かせてください』というて、僕のところへ来てくれるよ。こういう物がほしいなと思っていると、誰かが気がついてくれて、『会長様お使いください』といって、その品物をもって来てくれるよ。お商売でも、売りたい物は買いにくる。買いたい物は売りにくる。うりまい、かいまいと言うて、自体、商売(倍)と言うて、お道の心で商いをすると、今日一つの品物は明日は二つになってということで、倍々と儲けさせていただけるものだよ。それが、勘定合って銭足らずと言うて、一生懸命働いて世の中には借金をこしらえている人もいる。これじゃあ、つまらないではないか。僕はやってたしかに天理教は間違いのない道と分かったから、皆さんにすすめているのだから、僕の話を聞いたら、話に終わらせてしまわないで、日常生活に実行して通って、皆助かっておくれ。」と、いつもいつも信者さんの顔を見ると、食べることも寝ることも忘れて、一生懸命神様のお話を、頼む様に、拝む様にして、聞かせてくださいました。

 

さて、お話は変わりますが、64年前の8月15日の日は、初代会長様のお言葉にしたがって、裾野にある母の実家の“文庫蔵”という小さい蔵に住まわせていただいておりました。
電気もつかない、トイレもない、六帖ほどの板の間に、母屋の畳を持ってきて敷いてくれておりました。
そこで私どもは、昭和天皇の玉音放送を聞かせていただいたわけでございますが、早いものでございまして、それから月かわり、年移って、今年で64回目の終戦記念日がまいりました。

 

戦時中、沼津の自宅が空襲で焼けた際、会長様から、

「お前さんは、先祖の時代に、つなぎ違いをしているから、やがて気違いになるか肺病になるよ。そして、一家は散り散りばらばらになって、死に絶えてしまうよ。それゆえ、住んでいる所の土地を、本家に貰っていただきなさい。」とお言葉をいただきました。

この時のいきさつは、平成19年の月と月分のお話『猛火の中を助けられて』としてホームページに掲載をさせていただいておりますので、このたびは重複しますので控えさせていただきますが、会長様はその際、

「僕のいう事をきいて守って通ったなら、やがての日、住んでいた土地の何層倍かの土地の上に、立派な門構えの家にお前さんを住まわせて、大勢の人を使って通れる身分にしてあげるよ。」と仰せくださいました。
そのお言葉をお目標(めどう)として、無我夢中でお道を通らせていただいてまいりました。

 

 

そして、64年を通り過ぎて、これからの道を思う時、私ののぞむ事はと聞かれたら、百歳まで無病息災においていただいて、初代会長様のお言葉そしておさとしを、ホームページに書き続けさせていただいて、全国世界中の人に読んでいただくことでございます。

 

  

今月のホームページに入力をさせていただく原文を書き終え、会長様にお礼を申し上げますと、ふと、

 

やまさかや いばらぐろふも がけみちも つるぎのなかもとふりぬけたら(おふでさき第147
まだみへる ひのなかもあり ふちなかも それをこしたらほそいみちあり(おふでさき第148
ほそみちをだんだんこせばをふみちや これがたしかなほんみちである(おふでさき第148

と、初代会長様が折りにふれ、時にふれて、独り言の様にお口にされておられた「おふでさき」のお言葉が、耳元に聞こえてくるのでございます。

 

思うだに、お懐かしいお声でございます。

 

 


 

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