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盗まれたことを喜びなさい

 

入信をさせていただきまして、さして年限も経っていなかった頃、つまり大東亜戦争から太平洋戦争に突入した頃のお話です。


当時は、衣料品も配給の時代でして、一人が百点の切れを一年間に一枚ずつ与えられて、それでまかなっておりました。ただ今では想像もつかないと思いますが、小さな端切れでも捨てられない時代でした。
そのような当時、母が、私のために、派手になった自分の着物などをほどいて、着物をこしらえてくれようとしたことがございました。
夜更けまでかかって、自分の着物をほどいてくれまして、明日は洗い張りに出して縫い直して私に着せてあげようと、ようやくほどき終えた着物や羽織りを、玄関わきにまとめ置いて、その日はそのまま眠りについたのでした。

ところが、電気が消えるのを待ち兼ねて、泥棒が侵入したものと思われます。
朝になって、ご飯を炊こうと思いましたら、昨日いただいてきたばかりの配給米がない。お米ばかりではなく、今日洗い張りに出そうと思って置いておいた衣類がない。たしかにこの場所に置いたはずだが・・・ということで、それから家中大騒動になってしまいました。
そんなことを警察へ届け出てみたところで、とりあっていただけるような時代でもございません。不自由をいたしますことですから、さてどうしたものかと思案にくれておりますと、母が、「これは大変な事だ。なにか神様が、大事な事を私どもに教えてくださっておられると思うから、あなた、これからすぐに教会へ飛んでいって、会長様に理をいただいてきなさい」と私に言いました。

ただ、そうは言うものの、簡単にお教会へ行かれる時代ではありません。旅費はいずれといたしましても、当時、沼津駅では、一時間に百枚しか切符を売ってくれませんでしたので、切符売り場には常に長蛇の列ができており、その行列に並んで買わなければなりませんでした。
そして、いつも夜行列車に乗って、ゆられゆられて、7時間かかって、名古屋駅に朝5時頃に到着するのですが、冬ですと、まだ外は真っ暗闇でございます。やがて駅前から八事行きの始発列車が出ますので、それに乗り、青柳町というところで降りますと、23分でお教会に着くことができましたが、まだ朝が早いので、御門が開くまでしばらく外で待たせていただいて、ようやくお教会の中に入れていただくのでございました。


神殿で待たせていただき、やがて時間になりますと、初代会長様が神殿にお出ましくださいまして、朝勤めをおつとめくださいました。
その後、お座布団の上にお座りくださいまして、約一時間くらい神様のお話を私どもにお聞かせくださいました。そしてお話の後に、「私に何かうかがいたいことがあるかえ」とお尋ねがございましたので、前もってお願いをしておりましたお取り次ぎの先生から、会長様の御理をいただくべく、盗まれた着物の件につきまして、お伺いをしていただきました。
このように、順序を立てて理をいただくのでございまして、「すぐお教会へ飛んでいって、会長様に理をいただいてきなさい」と言われましても、理をいただくのは簡単なことではありませんでした。
しかしながら、また、会長様からは、「難儀をして、なるべく苦労をして運ばせていただくから、理は生きて働いてゆくものだよ」とお聞かせいただいております。だからこそ、初代会長様の熱い親心は、六十年経ちました今日でも決して変わらず、色あせる事もなく、おたすけの理は脈々と続き、受けてくださる先方の方がそのまま頂戴することができるのでございます。
この事は、数々の確かたる明かしをこの目で見せていただいているからこそ、申し上げるのでございます。

さて、お話を本筋に戻させていただきましょう。
初代会長様は、私の顔をご覧になられますと、すましたお顔をなさって、こうおっしゃいました。
「お前さん、盗まれた事を喜びなさい。おそらく、盗んでいった先方には、お前さんと同じ年頃の娘さんがいるはずだ。その娘さんが胸(肺病)になるよ。お前さんの身上の代わりだから、よろこびなさい」と、重ねて喜ぶようにと教えてくださったのでした。
さらにそのうえで、お伺いをしてくださった先生が、「遠藤さん、盗まれた品物は、お金にしたら、どのくらいのものか、計算をしてごらんなさい」とおっしゃいましたので、私は、だいたいこのくらいの金額になると思いますと申し上げました。すると先生は、「会長様は、着物はあなたの命の代わりと言われるのです。肝心な命がいってしまっては、元も子もありません。お葬式を出したと思って、月賦払いで何年かかってもいいから、お供えという形で、お教会へお届けをされたほうがよいと思います」と、教えてくださいました。
私は「はい、分かりました。そのようにさせていただきます」と先生には申し上げましたが、分かったような、分からないような、その時は何だかはっきりといたしませんでした。


家に帰りまして、母に報告をいたしますと、母は呆気にとられたような顔をして、「このお道の信仰は、世界(社会一般)とは裏腹と聞かせていただいていたけれども、本当だね。会長様のお徳で、「盗まれたものは、今すぐこちらへ返してあげるよ」とでもおっしゃってくださるものと私たちは思っていたが、まったくもってその反対のおさとしであった。なおその上に、盗まれた品物の金額をお供えさせていただきなさいとは、大変な事に違いない」と言いました。
そして、会長様のお言葉でございますから、素直にお受けをさせていただきまして、誠にお恥ずかしい事ですが、それから長い間かかって、お供えをさせていただきました。

そうしております中に、私は「なるほど、そうであったか。盗まれた着物は、まさしく私の身上の代わりであった」ということに、ある日フッと気がつくことができました。
道の浅いという事は、まことに困ったものでございます。初代会長様が「お前の身上の代わりだよ。よろこびなさい」とおっしゃったお言葉が、後々時間が経ってから、腹に納まることになったのです。


どういうことが起きたのかと申しますと、当時、私は銀行に勤めていたのですが、入社後しばらくしてから、ある身上をいただき、その身上にずっと苦しんでおりました。
それは、頭の上から、重たい鉄のお釜のようなものをスポッとかぶせられたように、頭が痛く痛く、その状態が毎日毎日一日中続いておりました。
そのような状態ですので、通勤をいたしますにも、皆さんが20分くらいで行けるところが、一時間もかかるという有様でした。

歩き出すと、胸が弾んできて、今にも息が止まりそうになります。

副頭取様のお世話で入社いたしましたので、理由を申し上げて退職をさせてくださいとお願いいたしましたが、せっかく入社したのだから、もう少し辛抱したらどうかと言われます。かかりつけのお医者様へまいりましても、どこも悪くないと言われて、注射一本、薬一服も出してくださいません。
そういうわけで、大変まいっておりましたところ、ある日、「まてよ・・」と気が付いた時には、頭の痛いのもすっかりとれており、また、心臓が苦しく歩けなかった状態も改善し、いつのまにか正常な体に戻っていたのです。

誠に不思議というしか他に言葉がありませんでした。

そうこうして、三年ほど経ちましたある日のことです。
おたすけに出掛けておりました母が、あたふたと血相を変えて戻ってまいりまして、「初子さん!大変だ、大変だ!」と玄関先から叫ぶのです。
私が「どうしたの?」と尋ねますと、
母は、「あなたの盗まれた着物を着ている娘さんに出会ったのよ!私はびっくりして、『もしもし、あなた、その着物をどこでお買いになりましたか?』と思わず声をかけたら、その娘さんはさも返答に困ったという様子で、ものも言わず、その場から脱兎のごとく走り出した。逃がしてなるものかと、その後を一目散に追いかけたら、家に入るところを見逃してね。ご近所のお宅にお尋ねをしたら、『奥さん、あそこの家の事でしょう。父親は窃盗で、前科何犯という強者(つわもの)ですよ。恐いから、奥さん、係わり合いにならないほうがよろしいですよ』と親切に教えてくださった。神様が私どもに何を教えてくださっているのか、お前さん、これからすぐ教会へ飛んでいって、会長様に理をいただいてきなさい」ということでした。


というわけで私は、またまたお教会へその事で参拝をさせていただきました。
そして例によって、朝勤めの後、会長様に理を頂戴させていただいたのでございます。
会長様は、しばらく沈黙をしておられましたが、やっとお口を開かれて、「お前さんが盗まれた物を返してくれというのであれば、私は今すぐにでも返してあげるよ。しかしながら、因縁もその品物について逆戻りしてくるけれども、それでお前さんいいかえ」とおっしゃいました。
その時、盗まれてからのこの三年間、身の回りに現れてきたいろんな出来事が、私の胸の中に走馬灯のように浮かんでまいりました。
また以前のように身上をいただいて苦しむ事はしたくない、もうそんな事は御免だと思いまして、「会長様、ありがとうございます。もうけっこうでございます」と、お返事を申し上げさせていただいたのでした。

また、会長様は、それからしばらく経って後、「あれがほしいと人が思いをかけるものは、たとえ自分のものであっても、すでに己に理のないものゆえ、身に着けてはいけない。食してはいけない。それが因縁になるのだ。」とお教えくださいました。

 

 

初代会長様はいつも、「何かあったらまた教会へおいで」と仰せくださいました。だからこそ、いろいろの難儀の中も運ばせていただくことができたのです。
私の身に、また私の家に“節”をお見せいただいた時はいつも、会長様は、「お前さんが自分一人で通るのではないよ。神様がつれて通ってくださるのだよ。何故、神様が通すのかと言うと、後々の『話の種』、『たすけの台』として、神様が通すのだよ。つまり、「会長様のお言葉をいただいて、こうして通らせていただきました。今は、このように助かりました」と、人さんに助かったお話を聞いていただいてこそ、聞く人も、「成る程そういうものか。さすれば私もそうして真似をして通ったら、助かるに違いない」として、聞いて通ってくれるだろう。さすれば、その人も助かってゆく。また、お話をさせていただいたこちらも助かるのだよ。『通らん道は、道として神が受け取ってなかった。通った道は、いらんというても通った者に返すより他にない。あまれば返す。足りなきゃ取る』とお聞かせいただいているではないか 」と教えてくださったことを、ここに書き記させていただきます。

 

  

 

 

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